100年に一度の大変革期!自動車整備士の将来性と歴史を紐解く!

掲載:2021.9.17

目次


1.自動車・自動車整備業の歴史

-自動車の登場

-自動車の来日

-自動車整備のはじまり

-車検の制定

-自動車整備学校の登場

-自動車の普及

2.100年に一度の大変革期

-100年に一度の大変革期

-CASEとは?

3.自動車整備士の未来について

-自動車整備士の今後

-自動車整備士を続けるメリット

4.自動車整備士の求人


自動車・自動車整備業の歴史

自動車の登場から発展まで、歴史を紐解き、自動車整備士の仕事の将来性を考えていきましょう。

 


自動車の登場


自動車の始まりは、1769年に登場した蒸気自動車と言われています。現代に普及しているようなガソリンで走る自動車は、1886年にエンジンの原型とともに誕生しています。現代まで伝わる、ガソリン自動車を発明したのは、かの有名なドイツの自動車メーカー、メルセデス・ベンツ社です。しかし、この自動車は車輪が3つしかない、所謂、三輪車というものでした。四輪車は、同年にダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト社が発明をしています。

のちにこの2社は合併し、「ダイムラー・ベンツ」と名称を改めます。

この時代の自動車は、屋根はあるものの窓がなく、馬車の派生のような角ばったフォルムをしています。

 


自動車の来日


1900年、フォード社の量産体制の確立により、自動車は一気に富裕層から中流階級まで、普及していきました。大衆化が進むとともに、富裕層へターゲットを絞った高級車も同時期に登場しました。

日本に自動車文化が入ってきたのもそのころで、1898年のことです。その後日本でも、東京を中心に外国製自動車を見かけるようになっていきました。

日産とトヨタの前進が登場したのは1930年代のころでした。同企業とも乗用車生産について意欲的に取り組みましたが、第二次世界大戦のあおりを受け、生産ラインは軍需用のトラックといった軍事利用車に絞られてしまいます。

 


自動車整備のはじまり


自動車が日本に入ってきたばかりの1900年代、日本には自動車はあれども、それを修理する工場がありませんでした。そこに着目した、双輪商会社の吉田真太郎が自動車修理を目的とした、「東京自動車制作所」を東京都京橋区(現在の中央区南部)に設立したのが自動車整備工場の先駆けです。

1910年代の半ばより、大手自動車販売会社の一部も、自動車修理を自社で行うようになっていきました。それまでは、自動車販売会社にとって、自動車はただ売るものであり、アフターサービスの認識が希薄だったのです。なにより、アフターサービスの基盤を整えるための投資資金を賄えるほど、自動車の需要もありませんでした。

その後、自動車修理は本格的に自動車販売会社が請け負うようになり、1928年ごろには、ほとんどすべての自動車販売会社にサービス工場が併設されるようになります。

 


車検の制定


1930年代には、車検制度もスタートしています。始まりはバスやタクシーといった、公共の乗り物の安全性を鑑みて、制定されました。そのため、車検の対象は公用車となっており、軽自動車にはまだ、車検の義務はありませんでした。

しかし、20世紀後半には一般層でも自動車を所有することができるようになり、自動車事故数も比例して増えていきました。そのため、1955年には「自動車賠償保障法」が制定され、1973年には軽自動車の車検が義務化されました。

 


自動車整備学校の登場


自動車整備教育が重要視されるようになったのは、1941年頃でした。陸軍の軍令により、陸軍自動車学校が陸軍機甲整備学校へと、改編されたのが始まりです。学校内で行われる教育も、改編と同時に、操縦技術から整備技術重点の教育に切り替わりました。

ここでは、分解整備から鈑金作業まで自動車修理について、計105日(576時間)のカリキュラムが組まれていました。

 


自動車の普及


乗用車が全国的に普及し、自動車保有率が50%を超えたのは、1971年のことでした。自動車文化が日本に入ってきてから半数に普及するまで、約73年かかった計算になります。自動車の普及は、1964年に開催された東京オリンピックによる、首都高速道路の建設に伴う主要幹線道路の整備も影響していると考えられます。

それから50年以上が経過し、自動車はほとんどすべての世帯に普及しました。大都市圏では移動手段として、地下鉄や電車、タクシーといった公共交通機関が発達していき、自動車を持っていなくても、ある程度生活に困らなくなりました。2021年の現在では、自動車を所有していない層に向けた、レンタカーやカーシェアリングという、サービス需要が上がってきています。

 

100年に一度の大変革期


100年に一度の大変革期


最近、よく聞くようになった「自動車業界100年に一度の大変革期」という言葉があります。100年前までは、自動車は人々の生活にそれほど馴染んではいませんでした。しかし、現代では交通手段の主流として、人々の生活に根付き、支えている根幹ともいえる存在になりました。更に、自動車はただ走るだけの道具ではなく、環境やライフスタイルに合わせた、より高度な機器へと変貌しています。

 


CASEとは?


その一端である「CASE」という言葉は、2016年にメルセデス・ベンツが発表した略語です。「CASE」を紐解くと、「Connected」「Autonomous」「Shared&Services」「Electric」という4つの言葉が出てきます。

「Connected」は通信機能のことです。例えば、事故が発生したとき、自動で保険会社や各機関に通報してくれるシステムなどは、この通信機能が発展しているからこそのサービスです。この機能がより発展していくことで、車内での音楽や映画といったエンタメサービスの充実やカーナビのハイテク化といったQOL(生活の質)の上昇が見込めます。

「Autonomous」は、自動運転のことです。最終的には、運転手のいない自動車を目指していますが、それ以外にも自動ブレーキやステアリングアシストといった、補助機能もこの分野の一部です。

「Shared&Services」は、先ほども紹介したようなカーシェアリングなどといった、個人所有ではなく、共同所有での新しい車の使い方を推進する動きです。

「Electric」は、自動車の電動化を指します。現在、主流となっているガソリン自動車の排気ガスは、地球温暖化の原因の1つだと言われています。そこで、自動車の電動化です。つまり、ガソリンを使用せず、電気で走る自動車が主流になれば二酸化炭素の排出量を抑えることができるのです。特に、日本では2021年の施政方針演説で脱ガソリンの宣言も行っています。このことからも、2035年までに、自動車の電動化は、大幅に進むと考えられます。

 

自動車整備士の未来について


自動車整備士の今後


自動車業界の変革に伴い、自動車整備士のあり方や、仕事内容も大きく変わってくるでしょう。例えば、タイヤ交換が人の手を介さず、自動で交換できるようになるかもしれませんし、車のカギが指紋認証に変わって、認証システムのメンテナンスを行うようになるかもしれません。勿論、機械である以上最終的な確認は人間が行う必要はありますが、今よりはずっと細かい作業が減り、システムエンジニアと同様に、電子制御システムのメンテナンスが中心になっていくことも考えられます。そういった業務が中心になることで、ブルーカーラーの職業イメージは消え、より社会的価値が再認識されるようになっていくでしょう。

 


自動車整備士を続けるメリット


自動車整備士は技術職です。年月を重ねるごとに、自動車に対する知見や自動車整備の技術力は上がっていきます。実務経験年数を重ねれば、より上の資格に挑戦することもできます。資格取得を行うことで、サービスフロントや営業といったキャリアチェンジを行ったり、工場長などの管理ポジションへのキャリアアップも望めます。

なにより、日々目まぐるしく発展していく自動車技術に触れられるという大きなメリットがあります。特にメーカーディーラーであれば、最速で新技術に触れることもできるでしょう。また、先ほども言った通り、自動車整備士という職業の社会的価値は、自動車技術の発展とともに再認識されていくと考えられます。自動車整備士を続けることで、いずれ入ってくるデジタル化の波の中でも、今までの地道な整備技術という土台をもって流されずに新たな技術を磨くことができるのです。

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